シリアの旅 ラタキアの城 ― 2005年09月30日 09時14分48秒
ラタキアという街にやってきました。
ラタキアはシリアで唯一の海のある街です。
このため海沿いにはシリア海軍の基地が有ります。
この近辺での写真撮影等は禁止されており、下手に写真を撮っているとスパイ容疑で逮捕されることもありますのでご注意を。
もう一つのラタキアの特徴としてはシリアではキリスト教徒の多い街であると言うことです。
このため、街を歩く女性のなかにはスカーフもしていない人を見かける事も多いです。
デリゾールなどのイスラム色の強い街からくるとあまりに異なるため一瞬びっくりします。
街にはキリスト教の教会も多く、また郊外に出るといくつもの城が有ります。
特に有名なのがサラディーン城です。
サラディーン城はもともとは十字軍の城でした。
崖の上にたつ難航不落のこの城を落としたのがアラブの英雄サラディーン。
このためサラディーン城と名付けられています。
このサラディーン城、とても大きな城で近くでは全体を見渡すことすらできません。
あまりにも広大でまともな写真を撮ることが出来ませんでした。
これがサラディーン城
本当に大きくかなり離れて撮影しています。
写真があまりよくないのでわかりにくいのですが、ほぼ画面いっぱいが城です。
写真の向かって左側に見える建物群は比較的保存状態がよい地区。
しかし、向かって右側の荒野に戻りかけている部分のほうが広く、全体の2/3を超えていると思います。
ともかくあきれるぐらいの大きさで、これを立てるのは非常に大変だったと思います。
そして、これを奪われたんだからショックでかかっただろうななどとも思ってしまいます。
写真はサラディーン城を崖の下から撮ったところ
写真の上部を見ると崖の岩肌が城の城壁へとつながっています。
本当に切り立った崖に建てられているため、当時難攻不落といわれたこの城をどうやって落とすことができたのかと不思議に思います。
自分のつたない脳みそでは”兵糧攻め”ぐらいしか思いつきません。
史実に詳しい方、教えていただければありがたいです。
(ここでも他力本願!)
実際に城を歩いてみるとヨーロッパの城のイメージなんですよね。
これは倉庫かなんか
アーチ型の天井、壁の装飾、やっぱりヨーロッパのイメージです。
でも、中東のこの地域も、もっと以前のローマ帝国の時代からヨーロッパの支配下であったわけですから、ひょっとしたらアラブ側が城を建てても同じような感じになったのかもしれません。
支配者は変わっても建築技術等は残っていたのかもしれません。
十字軍の城だった名残はいろんなところで見ることができます。
例えば城壁の一部には削られた紋章の跡が残っていたり、教会跡なども残っています。
この城、バスが通っている近くの街からタクシー又はバイクで移動します。
写真は街から城までに通る道
見て頂いて解るでしょうか?
まるで”いろは坂”のようなつづら折です。
私はバイクで移動したのですがなかなかスリル満点でした。
あと、バイクから降りたあと料金で一悶着もありました。
自分はこれから街に戻るんだから最初の提示価格の倍を出せ、というものです。
後にも先にもシリアの交通機関で料金でもめたのはこれっきりです。
最後はごり押しでこちらの意見を通しましたが。
もとより現地価格よりは少し上の金額で話をしていたので、なおさら腹が立ちました。
帰りは城をゆっくり外から見たかったので歩いて街まで。
約1時間半でしょうか。
途中すれ違う車の多くが「乗って行くかい?」と声をかけてくれましたが、まあ記念にと思って歩きました。
写真の坂を登って行ったのですが、坂がきついので途中でへばりそうになったり、野犬に襲われそうになったりしましたがまあ無事に街までたどり着きました。
海外で野犬は怖いです。
狂犬病をもっている可能性がありますので。
実はこのサラディーン城に向かうのに随分天候待をしました。
この国ではめずらしく雨が降ったり、曇っていたり。
結局曇りの日に行ったのですが、晴れたらもう一度行きたいなとの願いも空しくその後雨が続き再訪はかないませんでした。
結局ラタキアの街でのんびりするだけだったという感じです。
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ラタキアはシリアで唯一の海のある街です。
このため海沿いにはシリア海軍の基地が有ります。
この近辺での写真撮影等は禁止されており、下手に写真を撮っているとスパイ容疑で逮捕されることもありますのでご注意を。
もう一つのラタキアの特徴としてはシリアではキリスト教徒の多い街であると言うことです。
このため、街を歩く女性のなかにはスカーフもしていない人を見かける事も多いです。
デリゾールなどのイスラム色の強い街からくるとあまりに異なるため一瞬びっくりします。
街にはキリスト教の教会も多く、また郊外に出るといくつもの城が有ります。
特に有名なのがサラディーン城です。
サラディーン城はもともとは十字軍の城でした。
崖の上にたつ難航不落のこの城を落としたのがアラブの英雄サラディーン。
このためサラディーン城と名付けられています。
このサラディーン城、とても大きな城で近くでは全体を見渡すことすらできません。
あまりにも広大でまともな写真を撮ることが出来ませんでした。
これがサラディーン城
本当に大きくかなり離れて撮影しています。
写真があまりよくないのでわかりにくいのですが、ほぼ画面いっぱいが城です。
写真の向かって左側に見える建物群は比較的保存状態がよい地区。
しかし、向かって右側の荒野に戻りかけている部分のほうが広く、全体の2/3を超えていると思います。
ともかくあきれるぐらいの大きさで、これを立てるのは非常に大変だったと思います。
そして、これを奪われたんだからショックでかかっただろうななどとも思ってしまいます。
写真はサラディーン城を崖の下から撮ったところ
写真の上部を見ると崖の岩肌が城の城壁へとつながっています。
本当に切り立った崖に建てられているため、当時難攻不落といわれたこの城をどうやって落とすことができたのかと不思議に思います。
自分のつたない脳みそでは”兵糧攻め”ぐらいしか思いつきません。
史実に詳しい方、教えていただければありがたいです。
(ここでも他力本願!)
実際に城を歩いてみるとヨーロッパの城のイメージなんですよね。
これは倉庫かなんか
アーチ型の天井、壁の装飾、やっぱりヨーロッパのイメージです。
でも、中東のこの地域も、もっと以前のローマ帝国の時代からヨーロッパの支配下であったわけですから、ひょっとしたらアラブ側が城を建てても同じような感じになったのかもしれません。
支配者は変わっても建築技術等は残っていたのかもしれません。
十字軍の城だった名残はいろんなところで見ることができます。
例えば城壁の一部には削られた紋章の跡が残っていたり、教会跡なども残っています。
この城、バスが通っている近くの街からタクシー又はバイクで移動します。
写真は街から城までに通る道
見て頂いて解るでしょうか?
まるで”いろは坂”のようなつづら折です。
私はバイクで移動したのですがなかなかスリル満点でした。
あと、バイクから降りたあと料金で一悶着もありました。
自分はこれから街に戻るんだから最初の提示価格の倍を出せ、というものです。
後にも先にもシリアの交通機関で料金でもめたのはこれっきりです。
最後はごり押しでこちらの意見を通しましたが。
もとより現地価格よりは少し上の金額で話をしていたので、なおさら腹が立ちました。
帰りは城をゆっくり外から見たかったので歩いて街まで。
約1時間半でしょうか。
途中すれ違う車の多くが「乗って行くかい?」と声をかけてくれましたが、まあ記念にと思って歩きました。
写真の坂を登って行ったのですが、坂がきついので途中でへばりそうになったり、野犬に襲われそうになったりしましたがまあ無事に街までたどり着きました。
海外で野犬は怖いです。
狂犬病をもっている可能性がありますので。
実はこのサラディーン城に向かうのに随分天候待をしました。
この国ではめずらしく雨が降ったり、曇っていたり。
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