パキスタンの旅 ペシャワール1 ― 2007年03月29日 13時25分28秒
もう国家試験に合格したのだから孵化は完了。
本来、このブログもハンドル名も名称変更するつもりでした。
まあ旅の記録が終わるのももう直なのでこのままで続けます。
本とはペシャワールがパキスタン最後の街になるはずでしたが・・・
パキスタンの首都であるイスラマバード(ラワールピンディ)からそう遠くないペシャワールと言う街はちょっとだけ特別な感じがします。
パキスタン-アフガニスタン国境に近く、街の郊外にはアフガン難民キャンプを抱えるこの街は少しだけ他の街と異なる空気が流れているようにも感じます。
先ずお茶が違う。
ここまでパキスタン各地では、ミルクの有無の違いはあれ、お茶と言えば紅茶でした。
でもこの街では、緑茶に砂糖とカルダモンを加えたカワチャイが基本。
写真はペシャワールのお茶屋さん。
かわいい琺瑯の急須にカワチャイを入れてくれる訳です。
ご飯も違っています。
なんとなくですが脂が強くなったような感じです。
ケバブもひき肉のものではなく固まりの肉を焼いたものが多くなったり、カラヒという炒め物が中心になったり大分変わったなあと言う感じ。
まあ、この味の変化にも一瞬で慣れましたが・・・
また、服飾面でもおおきな変化があります。
男性では帽子が、いわゆるアフガン帽が多くなっています。
アフガン帽は、有名なところではペシャワール会というNPOの中村先生が被っているのをTV等で見ることができます。
→“帽子をかぶった中村医師の様子”
中村先生の活動は他のNPOの追随を許さないので興味のある方はこちらを見てください。
私の嫌いな汗をかかない、へにゃけたNPOとは違うすごみのある活動をしていらっしゃいます。
写真はペシャワールの帽子屋さん
このような街特有の文化はソビエトのアフガン進攻以降、この街に逃れた難民によって形作られたのかも知れません。
とは言っても、私が訪問した2003年4月ごろには、タリバン政権が崩壊し、新政権が起ってから半年ほど後。
難民の帰還事業も本格化し難民キャンプそのものもどんどん縮小している時期でした。
街の郊外の難民キャンプのあったところに赴くと、荷物を満載してアフガンに発つトラックを何台も見ることができました。
(残念なことですがこの急激な難民の帰還事業がアフガンの治安の安定化に足かせとなってしまった感も有ります)
写真はアフガンへの難民帰還にも用いられるパキスタンの動脈であるハデハデトラック。
次はペシャワールのもっとコアな部分へ。
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難民キャンプは→
もう→
小さく→
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パキスタン-アフガニスタン国境に近く、街の郊外にはアフガン難民キャンプを抱えるこの街は少しだけ他の街と異なる空気が流れているようにも感じます。
先ずお茶が違う。
ここまでパキスタン各地では、ミルクの有無の違いはあれ、お茶と言えば紅茶でした。
でもこの街では、緑茶に砂糖とカルダモンを加えたカワチャイが基本。
写真はペシャワールのお茶屋さん。
かわいい琺瑯の急須にカワチャイを入れてくれる訳です。
ご飯も違っています。
なんとなくですが脂が強くなったような感じです。
ケバブもひき肉のものではなく固まりの肉を焼いたものが多くなったり、カラヒという炒め物が中心になったり大分変わったなあと言う感じ。
まあ、この味の変化にも一瞬で慣れましたが・・・
また、服飾面でもおおきな変化があります。
男性では帽子が、いわゆるアフガン帽が多くなっています。
アフガン帽は、有名なところではペシャワール会というNPOの中村先生が被っているのをTV等で見ることができます。
→“帽子をかぶった中村医師の様子”
中村先生の活動は他のNPOの追随を許さないので興味のある方はこちらを見てください。
私の嫌いな汗をかかない、へにゃけたNPOとは違うすごみのある活動をしていらっしゃいます。
写真はペシャワールの帽子屋さん
このような街特有の文化はソビエトのアフガン進攻以降、この街に逃れた難民によって形作られたのかも知れません。
とは言っても、私が訪問した2003年4月ごろには、タリバン政権が崩壊し、新政権が起ってから半年ほど後。
難民の帰還事業も本格化し難民キャンプそのものもどんどん縮小している時期でした。
街の郊外の難民キャンプのあったところに赴くと、荷物を満載してアフガンに発つトラックを何台も見ることができました。
(残念なことですがこの急激な難民の帰還事業がアフガンの治安の安定化に足かせとなってしまった感も有ります)
写真はアフガンへの難民帰還にも用いられるパキスタンの動脈であるハデハデトラック。
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コメント
_ シーサー ― 2007年04月03日 18時38分51秒
たまごさんはじめまして 合格おめでとうございます たまごさんが中東やらを旅して そして東洋医学に興味をもたれたようですね 私は今現在 仕事の関係で東アジアと日本を行ったり来たりの生活をしています 私も以前から東洋医学 鍼灸に興味があり 今の仕事をやめて 専門学校に進もうかなと考えている30代です なかなかタイミングがつかめずに 行ったり来たりしています
_ 鍼灸あましのたまご ― 2007年04月07日 15時40分00秒
シーサーさんコメントありがとうございます。
東洋医学に興味をお持ちとの事ですが、よほどの覚悟が無い限り私自身はお勧めしません。
資格を取っただけでは全く意味のない業界ですし、はっきり言って金銭的にもサラリーマン時代の数分の一以下です。
ただね、結構面白いんですよ。
一生勉強をできるという意味では面白い業界です。
ちなみに、専門学校に行かれる場合、生物や生理学に拒絶反応があると在学中に相当苦労します。
全くアドバイスになっていませんが正直な感想です。
東洋医学に興味をお持ちとの事ですが、よほどの覚悟が無い限り私自身はお勧めしません。
資格を取っただけでは全く意味のない業界ですし、はっきり言って金銭的にもサラリーマン時代の数分の一以下です。
ただね、結構面白いんですよ。
一生勉強をできるという意味では面白い業界です。
ちなみに、専門学校に行かれる場合、生物や生理学に拒絶反応があると在学中に相当苦労します。
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